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セントルイス連銀が指摘する仮想通貨とトリフィンのジレンマ

2018-10-05 08:33[ 松田康生

トピック 仮想通貨 XRP

10月2日セントルイス連銀が仮想通貨に関するQ&Aセッションをツイッターで開催して話題となりました。中でも仮想通貨はトリフィンのジレンマを解決できるだろうかとの質問にエコノミストのデビット・アンドルファット氏が「トリフィンのジレンマとは準備通貨としての役割を果たすことが諸刃の剣であることを指している。民間の仮想通貨が取って代わるならばその通貨はジレンマから解放されるだろう」と指摘して注目を集めました。ところで、トリフィンのジレンマとは何のことでしょう。また、このことは何を示唆しているのでしょうか。

赤字の理由

国際収支には経常収支(貿易収支+移転収支≒観光や利息収支など)と資本収支(含む誤差脱漏)があって両者の和は常にゼロになります。日本がアメリカに3億ドル輸出して2億ドルしか輸入しなかったら1億ドル黒字になります。そのまま何もしなければ日本人のドル預金が1億ドル増えます。このドル預金は、国内の銀行に預けたつもりでもその銀行はアメリカの銀行に預けていますから、突き詰めればアメリカへの貸出、資本支出になります。トリフィンのジレンマとは基軸通貨であるドルを支払い準備として各国中銀が外貨準備として保有する様になれば、アメリカの資本収支は黒字になり、その反作用で経常収支が赤字になってしまうというものです。確かに固定相場制の下では各国は外貨準備を積み上げるために経常収支を黒字化しようと努力するので一理ある考え方だったかもしれません。変動相場制の下では自分の努力不足を他人のせいにしている感は否めません。その後もドル需要の高まりとともにアメリカの双子の赤字は拡大し続けています。経済学的にはアメリカの経常赤字は貯蓄不足と財政赤字によるもので、要は民間・政府双方が収入以上に支出するからなのですが、一部のアメリカ人は外国人がドルを買うせいだと思っている模様です。

今回のトリフィンのジレンマから解放されるというのは、XRPの実用開始などに象徴される様に国際間の決済がドルから仮想通貨に代替される様になれば、元はといえば対外支払準備である外貨準備をドルから仮想通貨に変更し始めるかもしれない、そうすればドル需要は減り、アメリカの資本黒字は縮小し、その結果、アメリカの経常赤字も減るのではないか、という働きバチの日本人から見ると何とも虫のいい考え方です。ラストベルトの一角を占めるセントルイスらしい視点なのかもしれません。

基軸通貨特権

ここで話が終われば無邪気なアメリカ人という話になりますが、そうとも言えません。トリフィンのジレンマは、逆から見ると基軸通貨国特権と言って基軸通貨がドルである限り経常赤字は自動的にファイナンスされるというメリットを持っていることを示しています。この赤字をいくら膨らませても構わないというメリットはたびたび通貨危機に見舞われるインドネシアなどの経常赤字の新興国を見ると分かります。更にドルという世界通貨の発行益を一手に握っていますし、ほとんど外貨準備を持つ必要もなく、為替リスクもあまり気にする必要がありません。また伝家の宝刀がドル決済で、これを制限されると多くの国は貿易決済に窮してしまうのでアメリカの言うことを聞かざるを得ません。企業財務の関わっていらっしゃる方ならお分かりの通り、最近の銀行取引でやたら煩雑なアメリカの規制関連の手続きが必要となるのも、このドル決済を握っているからです。

パンドラの箱

すなわち仮想通貨がSWIFTやノストロを使った海外送金の媒介の役目を担い始めると、徐々にではありますが、アメリカはトリフィンのジレンマからは解放されるかもしれませんが、基軸通貨特権を手放すことになりかねません。法定通貨を仮想通貨が代替する未来はあったとしてもほど遠い未来だと考えますが、そのインパクトは日本や欧州などと米国とでは全く異なる訳です。それ故か送金利用で先行しているリップル社のガーリングハウスCEOは「私が死ぬまでの間に銀行や政府が消え去ってしまうとは思わない」とし銀行や政府と寄り添っていく姿勢を強調しています。一方でJPモルガンはブロックチェーン技術を海外送金に利用するプロジェクトを立ち上げていますが、肝心のドル決済は手放すつもりは無いように見えます。また、他の大手米銀がリップルネットに参加していないのにも同じ理由があるのかもしれません。ただ、このトリフィンのジレンマの話が示唆するのは、XRPによる仮想通貨の国際送金の実用化開始は、その後どういう道筋を辿るかは分かりませんが、パンドラの箱を開けたという事だと考えます。世界は変わっていくということだけは間違いないのかもしれません。

松田康生 (まつだやすお)

シニアストラテジスト

東京大学経済学部 国際通貨体制専攻 三菱銀行(本部、バンコック支店)ドイツ銀行グループ(シンガポール、東京)を経て2018年7月より現職。 短国・レポ・為替・米国債・欧州債・MBSと幅広い金融市場に精通

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