市場のパニックはなぜ起きた?~後手に回ったコロナウィルス対応~

2020-03-19 19:28[ 松田康生

トピック 仮想通貨 暗号資産 ビットコイン

新型コロナウィルスのパンデミックの恐怖が市場を席捲している。昨日はアメリカがカナダとの国境を一時閉鎖、日本でも38か国からの入国者に14日間の待機を要請、逆に日本からの入国を制限している国・地域は88に上り、オーストラリアやマレーシアなど全ての入出国を制限する国も現れた。こうした感染拡大に対する政策対応に関して様々な意見が交わされており、日本でもクルーズ船対応、イベントの自粛要請、小中高の休校要請、中韓からの入国制限、検査体制と事あるごとに政府の対応に対して賛否両論、議論が百出しているが、残念ながら感染症の専門家でない筆者はこの件に関してコメントする知見を持ち合わせていない。但し、ここまでの金融市場の動きと政策対応を見るに、専門家として先進各国の対応はややまずかったと言わざるを得ない。今回のパニックが人災だったとまでは言わないが、これまでの危機の教訓が活かされておらず、対策が後手後手に回ってしまったと言える。

上はNYダウとBTCがピークを付けた2月12日からの推移と新型コロナ関連(水色)と日米欧の政策対応(白)を並べたものだ。スタートは同日の年2回のFRB議長の議会証言、いわゆる旧ハンフリーホーキンズ法証言だが、政府から一定の独立性を認められているFRBが物価の安定と完全雇用の実現という2つのマンデートを議会にコミットしており、年2回その方針を議会に報告することが慣例となっている。即ち、通常のFOMCや会見より重要な方針表明で、ここでバランスシートの拡大の終了を打ち出した。レポ市場の混乱に対処すべくレポオペで通常より厚めに資金供給していたのを引き締めに転じた訳で、株高・債券高・コモデティ高を演出していた流動性相場の巻き戻し、平たく言えばバブル潰しに動いたわけだ。これ自体は責められるべきではなく、バブルはこまめに潰すべきというのが原則とされている。翌日FRBは具体的なレポオペの縮小スケジュールを発表、議長証言に従った迅速な対応だが、丁度、湖北省で1日1万5千人感染者が増加、事態の深刻さを知った中国人民銀行が利下げに踏み切ったタイミングで、今から思えば適切だったのか疑問と言えなくはないが、流石にこの段階でここまでの事態を想定して備えろというのは酷だろう。

次に日本が天皇誕生日で3連休だった2月22-23日の週末に動きがあった。イタリアや韓国で感染者の拡大が明らかになり後者は危機レベルを最高に引き上げた。これを受け、週明けの米株市場は2日で2000ドル程度と過去最大の下落幅を記録、その後も米CDCが米国名での流行を警告、NY州でも初の感染者、全米で初の死者とあっという間に米国で感染の拡大が確認され始めた。ここで当局は初めの失敗を犯す。ラガルドECB総裁はFTに新型コロナに対するECBの対応はまだ不要とコメント、シカゴ連銀のエバンス総裁は新型コロナへの対策検討は時期尚早とコメントしてしまった。彼らを擁護すれば、実際、この時点では世界的な人の移動制限や外出自粛などが進むとは想像できず、当時のエコノミストの主流はこうした状況が実体経済にどの程度影響をもたらすのか未知数で、もう少しマクロの数字などを確認して判断したいというのが常識的な考えだったことは理解できる。しかし、彼らの盲点は、株式市場が2日で2000ドル下がったこと自体が事件であり、問題であるという認識が薄かったことだろう。高いところに登って自分で降りれなくなって助けを求めている子供を、彼らは突き放してしまった訳だ。その結果、子供はどうなるか?パニックに陥ることは容易に想像できる。

FRB執行部にはもう少し経済が分かる人がいたのかもしれない。この発言翌日に市場心理がパニックに陥る気配を察したせいか、FRBは緊急声明で利下げを示唆、週明けには緊急G7、50bp利下げに踏み切るも、パニックに陥った市場心理は容易には戻らなかった。“Too Little Too Late”と判断され、市場は更なる緩和を求めて下げ続ける、いわゆる催促相場だ。次回FOMCでの追加利下げも3回以上織込んできた。こうした市場の先走りに対し、セントルイス連銀のブラード総裁は金曜日に市場の織込みは「間違いだ」とやってしまった。寅さん風に言えば、パニックに陥っている子供に、それを言っては、おしまいだ。直前に発表された米雇用統計が良かったこともこうした慢心というか、論理的で、冷淡な対応に繋がったのかもしれない。悪いことにその週末にカリフォルニア州に続きニューヨーク州でも緊急事態が宣言、北部イタリアが閉鎖されたといったショッキングなヘッドラインが続いたこともあり、週明け9日の市場は歴史的なパニック相場になってしまった。

こうした無神経な発言と後手に回った対応で火に油を注いだ格好になったFRBだが、実はそれまでの失敗を糧に16日には米時間の日曜の夜にサプライズで市場織込みを上回る1%の利下げで更に量的緩和も再開した。BS縮小で始まったパニック売りだから、BS拡大で止めようとした訳だ。人々のパニック心理が落ち着くまでに少し時間はかかろうが、遅ればせながら正しい対応だと考える。即ち、上手くはないにしてもFRBは頑張っていると考えるし、そうした真摯な姿勢はいずれ市場にも伝わると考える。

今回の市場のパニックに際し常に市場に寄り添った発言を続けていたのがトランプ大統領だ。FRBに執拗に利下げを要求していたのに加え、9日のパニックを見て大統領は給与所得税の減免(!)という奇策を言い始めます。藁をもすがる思いで落ち着く素振りを見せた市場ですが、民主党のペロシ・シューマー両院内総務の反対に会うと失望に変わる。追い打ちをかけたのがECBで追加緩和を発表したが、マイナス金利の深掘り(利下げ)は見送られ、緩和内容も中途半端で危機感に欠けるものだった。結局、ECBは1週間も経たない内に緊急追加緩和に追い込まれている。欧州株が下げ止まらなかっただけでなく、イタリア国債が1日で1%近く金利が上昇したからだ。

同じく日銀の対応も失望を呼んだ。16日(現地時間で15日夜)FRBが緊急利下げ、同日に史上初のG7緊急首脳TV会議を開催、日銀も政策決定会合を前倒し、協調姿勢をアピールした。しかし、出てきた緩和策は既に半分織り込み済みのETF買増しで、マイナス金利の深掘りは見送られ、失望売りを呼んでしまった。期待感で発表まで値を上げていた日本株は反落、欧州株も続き、米株は史上最大の下げ幅を更新してしまった。FRBが史上最大規模の金融緩和に踏み切った日に米株は史上最大の下げを見せた訳だ。それも日銀が利下げを見送った程度の材料をきっかけに、だ。

これは協調関係というキーワードで読み解ける。即ち、重要なことはマイナス金利を深掘りして果たしてどの程度の効果があるのか、メリット、デメリットといった理性的な問題ではない。パニックに陥った市場に対して政府中央銀行がどこまで本気で寄り添えるか、安心感を与えられるかだと考える。そうした意味で米国はFRBが既に1.5%利下げし量的緩和まで再開している。景気対策は130兆円規模だ。これに対し、ECBや日銀は出し惜しみしている様に映る。この口先だけの緩和姿勢が、協調関係の解れ、同床異夢と市場には映る訳だ。やはりパニックに陥った子供の前で両親が喧嘩しているようだと、投資意欲をさらに萎縮させる。従って、今後は共和民主両党が協力して超党派で景気対策を可決させることと、日欧政府が本腰を挙げて対策を打ち出すことが市場のパニックを止める手立てとなる。

上がったら自分の利益で、下がり始めたら政府に助けを求めるとは、随分と勝手に聞こえるかもしれない。しかし市場心理とは本当に脆いものだ。投資家も営利を目的にしており、儲けられないとみれば市場を見捨ててしまう。その結果起こるのは、リセッション(不況)でなくディプレッション(恐慌)だ。今行っていることはバーナンキがリーマン直後に行った様に効き目の薄れた市場に対しひたすら政策をぶつけて市場のマインドを回復させることだ、何故、同氏がそこまでしたのかと言えば、米国は彼が専門とする恐慌の一歩手前にあるという認識と、Too Little Too Lateでバブル崩壊後に20年を失った日本の轍を踏んではならないという気持ちだったと推察する。ここはG7の中で最も当時を知る麻生財相のリーダーシップに期待したい。

松田康生 (まつだやすお)

シニアストラテジスト

東京大学経済学部 国際通貨体制専攻 三菱銀行(本部、バンコック支店)ドイツ銀行グループ(シンガポール、東京)を経て2018年7月より現職。 短国・レポ・為替・米国債・欧州債・MBSと幅広い金融市場に精通

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