ビットコイン市場のマイクロストラクチャー

2020-09-01 10:40[ 岩壷健太郎

岩壷教授の経済教室 暗号資産 仮想通貨

岩壷教授の経済教室 第9回

 マーケット・マイクロストラクチャーとは、市場においてどのように取引が行われるかについて研究するファイナンスの一分野です。具体的には、取引費用、価格、取引量、取引行動に影響する市場機能に関する研究のことを指します。株式市場を中心に研究が行われてきましたが、近年、為替・債券・商品市場にも研究が及んでいます。
 今回紹介するGhysels and Nguyen(2019)は、ビットコイン市場を分析対象として逆選択が市場の流動性にどのように影響しているのかを検証しています。逆選択とは一般的に、情報の非対称性(参加者の持っている情報が異なること)のために取引が減少し市場が縮小することをいいます。中古車市場や生命保険などを例として、正直でない人のいる世界では正直者が馬鹿を見ないように取引を止めてしまうことがあります。
 取引されている資産の本源的価値を知っている情報トレーダーと、それを知らない非情報トレーダーがいるとします。本源的価値は観測不可能なものなので情報トレーダーなんている訳がないと思われる方もいるでしょうが、これは理論上の話です。実際には、取引の上手い人と下手な人がいると解釈していいでしょう。取引の上手い人はその資産の将来価格をある程度、予測することができるので、そのような人と取引すると損をしてしまうと取引の下手な人は考えます。その結果、取引の下手な人は上手な人が取引相手になるときには取引を止める(つまり、板の指値が減る)、あるいは売値と買値の差(ビッド・アスク・スプレッド)を広くする、つまり上手な人の取引コストを高めようとします。これが逆選択コストと言われるものです。
 Ghysels and Nguyen(2019)は2013年12月~2014年9月までのBTC-e取引所で取引された価格データを使って、逆選択が流動性にどのように影響するかについて情報トレーダーの割合の増加に起因する場合と価格のボラティリティが高くなるような大きなショックが発生する場合を想定して検証しました。前者の場合、情報トレーダーの割合が増加すれば、非情報トレーダーは取引をあきらめ市場の流動性が悪化することになります。一方、大きなショックが発生することによって逆選択が高まる後者の場合は、情報トレーダーがより盛んに取引を行うと同時に非情報トレーダーは取引を控えるので、2つの効果を合わせて、流動性への影響は上昇することも低下することもありえます。
 指値注文板の傾きを利用して市場の流動性を計測することで検証することができます。逆選択は取引が価格(仲値)に与える価格インパクトで測定することにします。
 分析の結果、一般的に情報トレーダーの増加による逆選択は流動性を悪化させるが、流動性への影響はショックの大きさにも依存し、逆選択が大きなショックによって起こるならば、流動性が悪化する一方で、小さなショックによって起こるならば流動性は改善することを明らかにしました。
 このように実際には情報トレーダーや非情報トレーダーが誰を指しているのかは特定化できませませんが、観測される現象をもとに、その背後にあるメカニズムを明らかにすることはできるのです。

参考文献
Ghysels, E., Nguyen, G., 2019. “Price discovery of a speculative asset: Evidence from a bitcoin market” Journal of Risk and Financial Management, 12, 164, 1-26.


岩壷健太郎 (いわつぼけんたろう)

岩壷健太郎

神戸大学大学院経済学研究科 教授 早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学経済学研究科修士課程修了、UCLA博士課程修了(Ph.D.)。富士総合研究所、一橋大学経済研究所専任講師を経て、2013年より現職。財務省財務総合研究所特別研究官、金融先物取引業協会学術アドバイザー、日本金融学会常任理事を兼務。為替、株式、国債、コモディティの各分野で論文多数。主要著書として、『コモディティ市場のマイクロストラクチャー』など。

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