デジタル人民元:蘇州での2度目の社会実験
2020-12-15 14:32[ 岩壷健太郎 ]
岩壷教授の経済教室 第16回
「12月12日(双12)」のセールイベントに合わせて中国・蘇州で行われた社会実験は総額3兆円(日本円換算)のデジタル人民元を市民に配るという大規模なものであり、世界の注目を集めています。蘇州市の実験では、深セン市で使われていなかったデジタル人民元のウォレットのオフライン支払い機能が登場しました。それは、近距離無線通信(NFC)を活用することによって、インターネットへの接続がなくても、スマートフォンなど2つの決済デバイスを相互にタッチするだけで取引を行うことを可能にするものです。
米大手投資銀行ゴールドマン・サックスは「デジタル時代に向けた人民元の再発明」と題したレポートにおいて、今後10年間で、デジタル人民元のユーザーアドレスは10億人分に到達し、1兆6000億人民元(約24兆円)が発行され、年間の決済総額は19兆人民元(約280兆円)となり、国内消費額の15%を占めるようになるだろうというレポートを発表しました。現金払いの比率は2019年時点でもすでに20%に下がっていましたが、2029年には5%まで低下するものとみられます。それに伴って、デジタル人民元がフィンテック企業の提供する既存のデジタル決済サービスに取って代わる可能性があると予測しています。
デジタル人民元は法定通貨であるため、デジタル人民元の交換業を許可されるのは商業銀行だけに限られます。その場合、消費決済において銀行は再び、フィンテック企業と直接競争するようになる可能性が出てきました。そうすると、デジタル決済分野では現在、アリペイやウィーチャット・ペイがモバイルバンキング取引の90%以上(2019年9〜12月)を占め、中国のデジタル決済業界を支配し続けていますが、銀行がデジタル決済業務の恩恵を受けることになることも考えられます。
「デジタル人民元の普及によって銀行アプリユーザーが10%増加するならば、銀行は2〜5%の収益増につながるだろう。招商銀行と平安銀行は、有数の店舗網や上質な顧客層、優れたフィンテック能力、個人向け融資への戦略的な注力などを考慮すると、アプリユーザーから利益を上げるのに最も適したポジションにある(ゴールドマンのレポート)」とみられます。
とはいえ、中央銀行が徐々にデジタル人民元の普及を進めていくなか、フィンテック企業は引き続き、個人向けサービスに重点を置き、この先5年間における個人向け金融サービス市場の成長の大きなシェアを占めることが予想されます。「今後5年間で、フィンテック企業は個人向けファイナンスのエコシステム全体でシェアを伸ばし続け、銀行の約2倍のスピードで収益を伸ばしていくと我々は考えている」。ゴールドマン・サックスは、個人向けファイナンス(住宅ローンは除く)には2025年までに、3兆人民元(約45兆円)の収益が見込まれ、決済と個人向け融資は減速するが、資産運用と保険代理サービスは好調さが続くと予測しています。
岩壷健太郎 (いわつぼけんたろう)
岩壷健太郎
神戸大学大学院経済学研究科 教授 早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学経済学研究科修士課程修了、UCLA博士課程修了(Ph.D.)。富士総合研究所、一橋大学経済研究所専任講師を経て、2013年より現職。財務省財務総合研究所特別研究官、金融先物取引業協会学術アドバイザー、日本金融学会常任理事を兼務。為替、株式、国債、コモディティの各分野で論文多数。主要著書として、『コモディティ市場のマイクロストラクチャー』など。