テスラのビットコイン買いをどう考えるか?
2021-03-01 15:46[ 岩壷健太郎 ]
岩壷教授の経済教室 第20回
米電気自動車(EV)のテスラがビットコインに15億ドル投資し、同社のEVがビットコインで購入可能にすると発表したことに関して、二種類の批判が上がっている。今回はそのことについて考察したい。一つは、ファイナンシャルタイムスのジョナサン・フォード氏が書いたコラム(日本経済新聞、2021年2月22日朝刊に掲載)で、テスラのビットコイン投資と環境保護は相入れなく、ビットコイン価格を上昇させたテスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏を褒めそやせば実態は悪化すると批判されている。
周知の通り、ビットコインのマイニング(発掘)は膨大な計算作業を必要とするため、大量の電力を消費する。マイニングの消費電力量が世界全体で1年間に78テラワット時になるという試算があるほどである。これは南米チリの年間消費量に等しい。また、マイニング業者はコンピュータを常時稼働させておく必要があるため、供給が不安定な再生可能エネルギーには関心がなく、石炭火力発電による発電が盛んなイランや中国の新疆ウイグル自治区、カザフスタンなどで作業していることも二酸化炭素の排出に拍車をかけている。
2つ目の批判は、筑波大学准教授の落合陽一氏をパーソナリティとしてNewsPicks内のコンテンツとして制作されている討論番組であるWeekly OCHIAIに登場した早稲田大学大学院経営管理研究科の岩村充教授によるものである。ビットコインの本源的価値は突き詰めれば電気代であり、テスラのビットコイン投資が成功するためには電気代が上がる必要がある。マスク氏がビットコインを購入したということは、同氏は電気代が上がると予想しているが、テスラの主力商品である電気自動車を売るには電気代が安い方がいい。そこに矛盾があると指摘する。
しかし、前者は重箱の隅をつつくような批判、後者は的外れな批判と言わざるを得ない。前者については、温暖化ガス排出の削減に向け、ガソリン車規制が世界各地で相次いでいる今日、電気自動車の製造・販売の拡大を通じた社会的貢献に比べると、15億ドルのビットコイン投資によって増大した直接的・間接的環境負荷ははるかに小さい。日本政府が2050年に温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする目標を打ち出したことに対し、豊田章男トヨタ自動車社長は「日本は火力発電の割合が大きいため、自動車の電動化だけでは二酸化炭素(CO2)の排出削減につながらない」と懸念を示している。ガソリン車から電気自動車に移行しても電気需要は高まるのだから、いかに環境にやさしい発電にシフトしていくかを議論すべきであって、ビットコインを購入したテスラに批判の矛先を向けることはお門違いであろう。
後者の批判については、ビットコインの価格の決定要因を見誤っている。ビットコイン価格が電気代とは相関していないことからも、同価格の変動は本源的価値では説明できず、アニマル・スピリッツともいうべき不安定な投資家需要に依存していることは明らかである。電気代が上がっても下がっても、環境保護の観点から電気自動車の需要は拡大するであろうし、テスラなど大口の投資家が参入するたびにビットコイン価格は上昇するであろう。
岩壷健太郎 (いわつぼけんたろう)
岩壷健太郎
神戸大学大学院経済学研究科 教授 早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学経済学研究科修士課程修了、UCLA博士課程修了(Ph.D.)。富士総合研究所、一橋大学経済研究所専任講師を経て、2013年より現職。財務省財務総合研究所特別研究官、金融先物取引業協会学術アドバイザー、日本金融学会常任理事を兼務。為替、株式、国債、コモディティの各分野で論文多数。主要著書として、『コモディティ市場のマイクロストラクチャー』など。