ビットコインが法定通貨になることの意味
2021-06-15 10:00[ 岩壷健太郎 ]
岩壷教授の経済教室 第25回
2021年6月8日、ついに暗号資産(仮想通貨)の関係者にとって記念すべき日がやってきた。中米エルサルバドルの議会はビットコインを法定通貨とする法案を賛成多数で可決し、ビットコインが法定通貨として採用される世界で初めての国が誕生した。
九州の半分ほどの面積しかない、小国のエルサルバドルは中南米地域のなかでも最貧国の一つで、国民の約7割が銀行口座を保有していない。約250万人といわれる在米エルサルバドル人による家族送金がGDPの約23%に相当し、海外からの送金に国民の生活は大きく依存している。ビットコインの法定通貨化には、海外在住の国民からの送金コストを削減し、自国への送金を増やしたいという思いがあることは明らかである。
ブケレ大統領は、ビットコインを商品やサービスの支払いや納税に利用することを可能にする一方で、2001年以降、正式な法定通貨と採用された米ドルも法定通貨として存続させることを強調した。すべての経済主体はビットコインでの支払いを受け入れる必要があるものの、対応できない場合は免除することが認められており、そのための米ドルとの併存であろう。しかし、治安が悪いエルサルバドルではドルの保有に伴う盗難リスクが極めて高い。銀行口座を持たない国民が多い同国ではなおさらである。
日経新聞(2021年6月8日)によると「自国で発行していない通貨を法定通貨にできるのか。値動きが激しいビットコインが通貨の役割を果たせるとは思えない」(金融庁幹部)や「中南米の国では通貨政策の失敗でもともと自国通貨の信認が低い。今回も実際の通貨としては使えないのではないか」(岩下直行京都大学教授)とビットコインの法定通貨化に否定的な意見も挙がっている。
しかし、これらの批判は徴税能力が低く、自国通貨の信認が低い途上国が辿ってきた歴史と、それを踏まえて今回の決断があることに理解がないように思われる。度重なる通貨危機によって国民が大きな被害に会ってきた南米アルゼンチンの経験を示そう。同国では2001年12月に政府の債務不履行を経てペッグ制は終焉を迎え、2002年2月11日からは変動相場制に完全移行した。米ドルとのペッグ制解消に伴い、個人のドル口座が凍結され、強制的に自国通貨ペソへ転換され、実質的に大きな被害を受ける国民が多かったそうである。この事例が表すように、徴税能力が低いことや自国通貨の信認が低いことから生じる通貨危機やその後のインフレが国民経済を悪化させるだけでなく、国民が購買力を防衛するために保有している外貨の購買力までも政府・金融当局は金融機関を抑えることによって奪い取るこができるのである。治安の悪いエルサルバドルで銀行口座の保有が進まないのも、政府のみならず銀行に対する信認が低いからである。
自国通貨を廃止してドル化しているエルサルバドルでは、すでに自国通貨を棄損させインフレによって政府債務残高を減らすこともできなければ、通貨発行益を得ることもできない。その上で、ビットコインを導入することは、政府による横暴は「決してない」というコミットメントになっているのである。政府を信頼していない国民がこのような英断に不満なはずはない。
エルサルバドルとはスペイン語で「救世主」という意味だそうだ。ビットコインが同国の救世主になることを願いたい。
岩壷健太郎 (いわつぼけんたろう)
岩壷健太郎
神戸大学大学院経済学研究科 教授 早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学経済学研究科修士課程修了、UCLA博士課程修了(Ph.D.)。富士総合研究所、一橋大学経済研究所専任講師を経て、2013年より現職。財務省財務総合研究所特別研究官、金融先物取引業協会学術アドバイザー、日本金融学会常任理事を兼務。為替、株式、国債、コモディティの各分野で論文多数。主要著書として、『コモディティ市場のマイクロストラクチャー』など。