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相場としての仮想通貨 ②ブレークスルーの探求

2018-12-20 14:52[ 田中泰輔

田中泰輔の通貨にまつわる仮想 仮想通貨 暗号資産

鉛筆を舐める

実は、相場における適正価値は、理論に基づく厳密な計算ではなく、実際の相場変動自体から値頃感として形成されることが多い。どういうことか。

多くの資産は、長期的に見ると、実体経済活動のリターンが裏付けとなって、適正価値が計算される。長期的とは、経済学の純粋理論においては、市場の不均衡が調整されて適正水準に落ち着くまでを言う。しかし現実の相場は、均衡水準としての適正価値に次第に収斂していく展開を見せることはほとんどない。通常、相場は適正価値を模索するように行ったり来たり変動し続け、落ち着くことはない。したがって、アナリストなど多くの専門家が適正価値を算出するときは、過去の相場のトレンドの延長線、あるいは行ったり来たりの中心水準辺りになるよう、鉛筆を舐めることが多い。

適正価値±20%

株式市場全体のリターンや国債利回りを20年分、30年分以上均して見れば、ほぼ経済成長率に近い値になる(ハイ・リスク=ハイ・リターンの性質上「株式リターン>国債利回り」になるが)。ここから相場の中心水準の目処を立てることができる。
更に数年程度の時間軸で見ると、こうした資産の相場はほぼ全て、景気や金融政策の影響を免れない。数年ごとに景気の良し悪し、金融政策の緩和か引き締めかに応じて、相場はこの中心水準から上下10~20%程度は変動する。したがって、景気サイクルの中で、20%かそれ以上高ければ割高、逆に20%かそれ以下に下落していれば割安といった目処をざっくり立てることができる。

中心水準を見失う

しかし、個別株のように、その企業が将来生み出すリターンの予想に基づく相場は、はるかに大きく、何倍、何十倍と振幅することもある。マクロでも、20年、30年といった超長期では、通常の景気サイクルを逸脱した展開が度々生じる。
それは、日本経済が辿ったように、60~70年代の高度成長、80年代の安定成長からバブル、90年代以降のデフレ、人口減・高齢化など、トレンドが屈折する構造的な体質の変化に伴って生じるかもしれない。IT化など技術革新による場合も、行き過ぎた財政・金融政策による場合もある。
相場の軌道が屈折して大きく振れると、相場の中心水準について従来の値頃感では適合させにくくなる。すると専門家は、適正価値の計算で鉛筆を舐めて、多くの人が実感として得心できそうな水準を導き出す。

ドル円相場の例

ドル円相場を例に説明しよう。為替相場はある国の通貨と別の国通貨の交換レートである。その理論上の適正価値は一般的に、その国と国のインフレ格差、生産性格差、金利格差、金融資産リターン格差などから算出される(どれも長期的にはおおよそ共通の尺度として捉えることが可能だ)。このうちインフレ格差に基づく適正価値を購買力平価と呼ぶ。多くの専門家は、為替相場の10年、20年の長期的な趨勢はこの購買力平価に沿っていると説明する。
2008年のリーマン・ショック後に数年でドル円相場が75~80円まで下落したとき、購買力平価理論に基づく適正価値を88円程度とする論調が大勢だった。そうした専門家は、ドル円は割安(円は割高)とか、最大20%安の70円まではありうるといった相場観を語ったものだ。2012年以降にアベノミクスを受けてドル円相場が100円台に向かったときも、20%高の107円以上に上昇するはずがないなどとする専門家が大半だった。
ところが、アベノミクスでドル円は2015年には125円まで上昇した。購買力平価=88円では40%以上割高となり、何とも説明しにくい。この相場が反落した2016年には、購買力平価に基づく適正価値として、OECD算出の105円が市場で流布されるようになり、新たな値頃感を形成した。専門家が語る適正価値も、多くはこの程度のものである。

「ないない尽くし」の先へ

ゴールドのように、実体経済活動のリターンの裏付けがなくても、資産として広く信認され、多くの投資家がポートフォリオに組み込んでいるなら、他の資産の価格変動に応じてポジション調整され、相対的に値頃感が形成されうる(ゴールドは、装飾品用や工業用の実需もあるため、景気サイクルの影響を受けた価格変動も生じる)。
仮想通貨は、そもそも実体経済活動の裏付けがなく、適正価値が算出できないと、繰り返し説明してきた。加えて、仮想通貨市場は黎明期にある。相場の歴史は浅く、景気サイクルを映す変動が形作られる前段階にある。当然、投資家が広くポートフォリオに組み込む段階にも至っていない。そこに、将来の発展を期待した相場の急騰とその反落が生じて、値頃感となしうる中心水準も語れない。
現時点では、ないない尽くしに見える仮想通貨だが、それでもそこに相場はある。チャレンジするには、このないない尽くしを前提条件として、アプローチ法のブレークスルーを考えよう。

以下次号

田中泰輔 (たなかたいすけ)

田中泰輔リサーチ 代表

為替・世界情勢分析の重鎮。35年間に米欧日メガ金融機関9社を転籍し、トレーダーからチーフ・ストラテジストを歴任した、経済・市場・行動をつなぐ戦略立案の第一人者。内外主要アナリスト調査で20年以上トップ級に選出され、国内では日経ヴェリタス金利・為替部門2010~14年第1位など。「相場は知的格闘技である」、「マーケットはなぜ間違えるのか」等の著書で、日本の市場行動学の草分けとしても知られる。18年8月より現職。

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