ハードブレグジット:合意なき離脱の可能性が浮上

2019-01-17 20:47[ 松田康生

トピック 仮想通貨 暗号資産 ビットコイン

一昨日、イギリス下院はEU離脱協定案を大差で否決した。イギリス国内法では21日までに政府は議会に離脱方針を諮ることとされており、メイ政権は修正案の策定を急いでいるが、EU側が再交渉に応じるか否かは不透明で、いわゆる合意なき離脱の可能性が浮上している。一方、Binanceはイギリスのジャージー島に新たな交換所を設立、対ユーロや英ポンドと仮想通貨との交換を開始した。SNS上で合意なき離脱に向けての逃避需要増を狙った動きであることを公言している。

合意なき離脱回避のデッドライン

ここでイギリスのEU離脱に向けた動きを簡単に振り返ると2016年6月、イギリスの国民投票でEU離脱賛成が反対を上回った。これを受け、17年3月にEUに離脱を通告、19年3月末が離脱の期限となった。ただ激変緩和策としてEUとイギリス政府は2020年末までを移行期間として、それまでは英国内でEU法が適用されることに合意している。問題はこの移行期間が適用されるには19年3月末(正確には30日午前0時まで)までに両社が離脱協定に合意した上で両議会が承認することが条件となっている点だ。その結果、今回の否決で19年3月30日をもって全てのEUとの取り決めや法律が英国内で失効する可能性が浮上している。因みに、協定案自体は昨年11月に両政府間で大枠合意され、英国が先に議会の承認を得ることとされているが、続いて議決されるEU議会が3月11日から14日に予定されており、再交渉するのであればそれまでに協議を再開して合意に至った上でイギリス議会の承認を得ることがデッドラインとなる。28加盟国の代表を集めるEU議会の招集はそう容易ではないと考えるからだ。

合意なき離脱を市場は織り込んでいない

合意なき離脱となった場合、①英EU間で関税と通関、入管手続きが発生する②金融などの承認をイギリス国内で取得すればEU内で有効とされる共通パスポートという制度が適用されなくなるといった不都合が生じる。問題は、市場参加者だけでなく殆どの人々や企業が移行期間の導入を前提に行動していることだ。3月末からの英EU間で通関手続きや関税支払いに対応できない企業は多く存在するであろうし、英EU間でのVISAも免除されない可能性もあり、何が起こるか分からないのが現状であろう。一昨日の否決で急落した英ポンドが、反対票数が予想通りだったとしてその後急速に値を戻した事を見るに、市場はこのリスクを殆ど織り込んでいないものと考える。

合意なき離脱の可能性

しかし、今回、合意なき離脱となる可能性は十分あると個人的には考えている。ASEANと比較すると分かり易いのだが、中国・インドの両大国に間で埋没しない為に共通市場を作ろうとする経済同盟的性格のASEANに対し、EUの起源は2度の大戦の原因となったアルザス地方の鉄鋼石炭同盟で、その目的は欧州における国境争いの再発防止だ。この性格は今でも引き継がれており、小国が集まって主権を守ろうとするAESEANが内政不干渉を原則としているのに対し、EUは各国の主権を制限することで国境を低くすることで戦争を防止しようとしている。従って、極端に言えば将来的に仮想敵国になる可能性のある離脱国の利益はEUの不利益となる。そこまで言わなくとも、イギリスが円満かつハッピーに離脱すれば、他にも離脱を言い出しかねない国がたくさんある。そう考えると今回のEUのスタンスは辻褄が合い、笑顔を見せながらもアイルランド問題などでイギリスが容易に呑み難い条件を提示し、他の加盟国の結束を強めようとしている様にも見える。そのEUがメイ政権の求める再交渉に容易に応じるとは考えにくい。最終的に例えば交渉延期などの妥協策が見いだされるかもしれないが、それまでに市場は何度も恐怖に晒される局面を迎えると予想している。

仮想通貨の買い材料となるか

かつてキプロス危機で買われた様に仮想通貨は逃避資産としての性格を持っている。ただ近年は中国株と順相関となるなどリスクアセット的な傾向が強まっている。これは危機の度合いによるものと考えていて、ジンバブエやベネズエラなど国内経済が大混乱に陥れば逃避資産としてスポットライトがあたる。今回の合意なき離脱の様に何が起こるか予測不能の事態が到来するかもしれないと市場が怯えれば、仮想通貨に買いが入る可能性が十分あると考える。また、何かと仮想通貨業界内部の要因や大口投資家の行動で値動きが左右されがちな仮想通貨相場の値動きも、こうした世界の政治経済情勢とリンクされ始めると、予想していて少し楽しくなってくると言ったら不謹慎であろうか。

松田康生 (まつだやすお)

シニアストラテジスト

東京大学経済学部 国際通貨体制専攻 三菱銀行(本部、バンコック支店)ドイツ銀行グループ(シンガポール、東京)を経て2018年7月より現職。 短国・レポ・為替・米国債・欧州債・MBSと幅広い金融市場に精通

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