【クルーグマン教授の変心と仮想“通貨”論争】

2018-08-23 10:33[ 松田康生

仮想通貨 暗号資産 トピック

POINT

・ノーベル賞経済学者でアンチ仮想通貨として有名なクルーグマン教授が「ビットコイン(BTC)は金よりは有用性があるだろう。将来的に価値のあるものになる可能性がある。」と発言。
・教授は今まで貨幣の3機能(価値尺度・価値保存・流通手段)からBTCを通貨として認められないとしてきた。
・しかし貨幣として選ばれる4条件(運搬性・保存性・等質性・分割性)からすれば紙である紙幣に対してデジタルデータである仮想通貨は明らかに優位性があり、今回の発言はそれに沿ったものと考える。
・教授がその点に言及したのはBTCの普及により、後戻りできない水準を超えたと判断したからだと考える。

先日、ラスベガスのChainXchangeというイベントでアンチ仮想通貨で知られるノーベル賞経済学者クルーグマン教授がBTCの可能性を認める発言をしたことが話題となりました。教授はウォーレンバフェット氏と並んで仮想通貨に厳しい見方をしていて、コラムニストを勤めるNew York Timesに2013年12月「BTCは悪魔」というコラムを寄稿したのを皮切りに、今年1月にも「バブル、バブル、詐欺そしてトラブル」と批判していました。しかし、上記のイベントでリップル社のチーフストラテジストとクリプト・ブルで知られるトム・リー氏とのパネルディスカッションで「BTCは金よりは有用性があるだろう。将来的に価値のあるものになる可能性がある。」と発言して驚かせました。この意味するところは何でしょうか。

教授は昨年末のBTCバブルを称して、住宅バブルのように価値の裏付けがあれば価格が上がれば供給が増えるといった価格調整機能があるが、それが無いBTCのバブルは行きつくところまで行った後、暴落が始まれば価値がゼロになっても不思議ではないといった趣旨の発言をしています。これは、これで筋の通った議論だと思います。仮想通貨に価格がついているのは、突き詰めるとブロックチェーン技術によってコピーや改ざんが困難なデジタルデータが生まれた結果、それを資産として売買できるようになったからで、デジタルデータ自体に何の価値もないからです。これに対しゴールドマンサックスのブランクファインCEOは、紙のお金にも価値は無いと反論します。この議論は、商品貨幣と名目貨幣という概念で容易に説明できます。元々は小麦や布などそれ自体に価値があるものが貨幣として流通していたが、それが貴金属に取って代わり、兌換紙幣となり、ついに国家の信用だけに裏打ちされた法定通貨(紙幣)なるものに移ってきました。更に最近はクレジットカードや電子マネーも登場しています。すなわち、クルーグマン教授はBTCは貨幣かという貨幣論を話してきた訳です。いわば言葉の問題です。因みに、貨幣に国家に強制通用力を加えたものが通貨です。問題は、なぜ商品貨幣から何の価値もない名目貨幣に移ってきたかです。

仮想通貨は貨幣かという時に必ず出てくるのが①価値尺度②価値保存③流通手段の貨幣の3機能(支払い手段を加えて4にする場合もある)です。これに現時点の仮想通貨の状況を強引に当てはめようとすれば、百歩譲ってBTCは及第点すれすれだとしても他の多くのアルトコインは問題外と言わざるを得ません。仮想通貨に貨幣としての3機能は備わっているかと問われれば、今はまだですが、将来的には世の中がその方向に変わっていくと思います、としか答えられないでしょう。しかし、この世の中がその方向に変わっていくだろうというところが重要だと考えます。すなわち、まだ法定通貨が支配している世界で、それに取って代わるかもしれない可能性を秘めた仮想通貨を指して、今はまだ機能を果たしていないと議論しても意味がないのです。

どういうことかと言えば、小麦から貴金属、そして紙幣、さらに電子マネーと進化してきたのには貨幣の機能とは別に、貨幣として選ばれるための4条件というものがあります。運搬性・保存性・等質性・分割性です。運搬性に優れ、長期に保存しても劣化せず、どれを取っても価値は均一で、分割が容易であることです。保存性・等質性で穀物などは淘汰され、運搬性で貴金属は淘汰されました。そして軽くて持ち運び易く1000年以上続いた紙幣の時代も電子データの方が運搬(および使用)に便利ということで淘汰され始めています。すなわち、電子マネーを含むデジタルデータはこの全ての条件で従来の通貨を凌駕しているので、取って代わられるのは時間の問題とされているのです。これは普段の生活実感から得られる感覚を難しく表現しているだけなのかもしれません。残るは中央集権的な電子マネーか仮想通貨かのどちらが生き残るのかという問題でしょう。

この点はまだ決着はついていませんし、将来のことを予想するのは容易ではありません。ただ電子マネーは法定通貨の存在を前提しているのに対し、仮想通貨は法定通貨が存在しなくても構わないことから、場合によっては通貨を発行している側から警戒されるわけです。すなわちBTCが貨幣の3機能を備えてしまう世界を想像してみましょう。少なくとも今のBTCの商用利用はまるで日本国内で米ドルを使用しているようなもので、受け取ってもらえるところもあるが、あくまで日本円に換算して使用している訳です。対してBTCが上記3機能を完全に備えるとなると、電車賃もラーメン代も家賃もBTC建てで表記され、おそらくその頃にはコンビニでの支払いもスマホからBTC払い出来ているでしょう。もうスマホも存在しないかもしれません。法定通貨も必要なくなっているかもしれません。まるでSFの世界です。そうなれば300年前に中央銀行が紙幣の発行を管理し始めて以来の積み上げてきた経済政策などの知恵が無に帰してしまう、どうやってインフレをコントロールして、どうやって景気を浮揚させるのか。頭のいいクルーグマン教授はそこまで見通して、心配して、BTCは悪魔だと言っていたのかもしれない、教授を尊敬してやまないけれど仮想通貨についてだけは意見が異なる小職はそう考えたりします。いずれにせよ、そこまで到達するのに10年以上かかると思いますし、法定通貨との共存の道もあるでしょう。仮想通貨信者の小職としてはインターネットやスマホの黎明期と同様、技術の発展が様々な問題を解決してくれると楽観視しています。

教授の上記のコメントは、ディスカッションの中で、仮想通貨に関してひとしきり議論した後で、仮想通貨と金に話題が移った際に渋々認めたといった文脈の様です。すなわち、教授の指摘する通りBTCに対する人々の信用がなくなれば価値はゼロになる可能性もあったが、ここまで広まってしまうと後戻りできない水準まで来てしまった、もう信用がゼロに戻るのは難しそうだと自ら認めたことを意味するのではないか、そう考えています。

(クルーグマン教授の主な発言等)
2013.12.28 「BTCは悪魔」という題のコラムをNYタイムスに寄稿。
2017.12.15 「かつての住宅バブル以上に明らかなバブル」「例えば住宅の場合は、その価格が異様に高騰すれば次々と家が建てられる。BTCの場合、新たなBTCを生むコストが著しく高いため、そういったことは起きない。その結果、崖から落ちる瞬間を待つことになる。」
2018.1.29 「バブル、バブル、詐欺そしてトラブル」という題のコラムを同紙に寄稿。
2018.7.4 「現在ほとんど取引において使われておらず、仮想通貨取引所で賭けをしているだけだ」
2018.7.31 「金融システムを300年前に逆戻りさせる」「もし投機筋がBTCは価値がないと集団的に疑う瞬間が来たら、BTCは無価値になるだろう」
2018.8.15 「BTCは金よりは有用性があるだろう。将来的に価値のあるものになる可能性がある。」

松田康生 (まつだやすお)

シニアストラテジスト

東京大学経済学部 国際通貨体制専攻 三菱銀行(本部、バンコック支店)ドイツ銀行グループ(シンガポール、東京)を経て2018年7月より現職。 短国・レポ・為替・米国債・欧州債・MBSと幅広い金融市場に精通

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