• TOP>
  • コラム>
  • 中高年は何を想って仮想通貨業界への挑戦するのか?

中高年は何を想って仮想通貨業界への挑戦するのか?

2019-08-05 19:00[ にく

仮想通貨小噺 仮想通貨 暗号資産 ビットコイン

土曜日は息子のリクエストで鉄道博物館(通称:てっぱく)に行ってきました。久しぶりのてっぱくは結構楽しめました。特に20系の寝台列車は、鉄道ファンだった小学生のころの憧れでした。もうその当時はブルートレインブームで、近くの駅に新聞紙を敷いて一晩中、通過する列車を見るのが夏休みの楽しみでもありました。てっぱくの後は近くにショッピングモールの屋上で戸田橋の花火大会を鑑賞したのですが、15分もたたない内に子供たちが帰りたいと言い出し、せっかく屋上で買った唐揚げやたこ焼きをモールの1階のイートインコーナーで食べる羽目に陥りました。更に日曜の朝食用にとお総菜コーナーに行ったら、ついさっき購入した唐揚げが半額で売られていました。

日曜は八王子のサマーランドに行ってきました。ここのプールは子供用プールが何か所もあり、プールなのに1日では遊びきれない規模があります。個人的には上からプールに向かって土砂降りのクラスの噴水を突然降らすアトラクションが気に入りました。また、大きなバケツに水をためて数分ごとにひっくり返して水が降ってくるアトラクションでは水圧で海水パンツが脱げそうになったりしました。流れるプールには無料の浮き輪が多く流して有ったり、食事が充実していたりで、13時から閉園の20時まで楽しめました。よく考えると、こうした大きなプールに子供を連れて行きたがるのは、実は自分が子供のころにスライダーや流れるプールがある施設に憧れていたことがあるのかもしれません。当時はそうした施設は珍しく、近くの小学校や企業の保養施設のプール開放に行っていました。近くに紅葉パラダイスという室内型のジャングル風呂や流れるプールを備えたレジャー施設があったのですが、そこへ行けなかったことが、今になって子供たちをハワイアンズや東京サマーランド、木更津の竜宮城などの室内温浴施設に連れて行く原動力になっているのかと思ったりしました。

亡くなった親父も時刻表片手に駅の階段の下の線路脇に陣取って一晩中ブルートレインを見る小学3年生の息子に母と交代で付き合ってはくれていたのですが、子供心に夜行列車に乗って、どこか遠くに旅行に連れて行って欲しかった、そうした気持ちが、暇さえあれば子供を連れて遠出をするようになったのかもしれません。そもそも父はペーパードライバーだったので、家族でのドライブに拘る様になっているのかもしれません。要は自分が子供のころして欲しかったことを自分の子供にすることで、子供時代を取り返そうとしているのかもしれません。確かに先週のサーカスも今週の花火も子供のころに行けなかったものです。

この年(内緒ですが)になって仮想通貨業界に入ったのも少し似た部分があるのかなと思っています。小職が小学生か中学生の頃にボードゲームの戦争ゲームやロールプレイングゲームが流行った時期がありました。それがPCに移り信長の野望やドラクエに進化していくのですが、中学の時にFM7というPCを持っている同級生がいて、その信長の野望を2人プレーや3人プレーに改造する腕を持っていました。まだドラクエなど無い時代にそういうゲームを作ったら流行ると小職がシナリオやアイデアを出し、彼がプログラムしたら売れるのではないかと話していましたが、バイトや受験が忙しくなり、大学に入ってしばらくは近くに下宿していたのですが、もうそんなことは忘れていました。次にIT関連との接点があったのは大学に入ってしばらくして、高校の同級生からシステムのスタートアップの手伝いをしないかと誘われた時です。その会社は小田急線沿いのマンションの一室でグライダーを作っていて、その作成費用を稼ぐためにシステム開発の仕事を請け負っていました。小職に声がかかったのは大手ゼネコンから降りてきたコンクリートに鉄筋を何本入れるかというソフトの開発だったのですが、フォートランという言語の本を読んで覚えてきてと言われたのですが、当時は景気も良くて家庭教師や日雇いのバイトなど仕事に困らなかったので、文系の小職は逃げてきました。あれを続けておけばホリエモンみたいになっていたりして、などと冗談で言ったことも有りましたが、紹介してくれた理系の友人も商社に就職していました。銀行に就職後も為替の先輩がIT企業に転職した時は、みんな不思議に思ったりしました。

銀行に行って、為替を経験したことを後悔している訳では無いのですが、時代の流れには乗り損ねたという気持ちはどこかにあります。そうした意味で、まだどうなるか分からない仮想通貨業界に飛び込むというのは、あの時に歩まなかったシステムの世界やITの世界に入っていたらどうなったのだろう、他の人生もあったのか、そうした想いというか魅力を感じている訳です。いわばこの年で「君の名は」とか青春映画を見るような新鮮な魅力というかワクワク感を感じています。弊社には同年代の人が多いのですが、似たような情熱というか、もう一度チャレンジする楽しさを感じているのではないかと考えています。

もっと言えば、自分たちのサラリーマン人生と失われた20年はかなりの部分重なっていて、ジャパン・アズ・ナンバーワンからずるずると転落していく様を目の当たりにしてきた訳です。決して転落ばかりではなかったのですが、結局、この間、日本はどうなってしまったのだろう、重厚長大から軽薄短小まではうまくいっていた日本経済が、経済のソフト化の波に乗り遅れていく様を、今振り返れば見てきた訳です。我々世代でこの業界に入ってくる人間は、今度のブロックチェーン化の波には乗り遅れまいぞという矜持を少なからず持っている気がします。当局にも少なからずそうした想いもあるのではないかと推察します。逆にブームに乗って一旗揚げようという鼻息の粗い人はあまり見かけず、若干の世代間ギャップがあるのかもしれません。

この様に、自分の子供時代や青春時代をある意味もう一度やり直すことが子育てであり、ブロックチェーン業界への挑戦なのかもしれない、いわば四十ないし五十の手習いの心意気でしょう。ただ、自分が子供の頃に一番親にして欲しかったことはもっとおもちゃを買って欲しかった事なので、これについてはちょっとやり過ぎたと反省しきりです。

にく

前職は外資系金融機関外国為替営業。国内だけでなく海外を仕事(?)で飛び回る日々を送っていた。自らライオンと称しているが、他の動物に例えられることが多い。 好きなものは東南アジア諸国。趣味は早朝ゴルフ。特技はタイ語。

アーカイブ