【第2回】 オプションディーラーの視点 ~市場参加者が織り込む予想レンジ~

2019-08-08 17:03[ SF

オプションディーラーの視点 仮想通貨 暗号資産 ビットコイン

先週号では、「オプション建玉分析の重要性」について解説しました。

その後、読者の方から『なぜ、建玉が1500BTCを超えると、巨大ピンとして注目されるのか?』 といった趣旨の質問を多く受けましたので、その根拠について少し触れておきたいと思います。

既存の為替市場の場合、よくロイターやBloomberg等で、「ドル円の105.50に巨大ピンが観測される」といったニュースが報じられますが、ここでいう巨大ピンとは、ドル円の場合、ざっくり1ヤード(1000本=10億ドル)以上の足を指します。つまり、1日の出来高が1兆ドルを誇るドル円市場において、その日の東京カット(日本時間午後3時)や、NYカット(NY時間午前10時)の特定のストライクに、全体の0.1%に相当する10億ドルの足があれば、十分「巨大ピン」として市場の注目を集めることとなるのです。

翻って、ビットコイン市場の場合、1日の出来高はざっくり150万BTC程度となりますので、その0.1%に相当する1500BTCの建玉があれば、ドル円でいうところの、「巨大ピン」に値します。この為、市場の1日の出来高に占める建玉割合が0.1%(1500BTC)を超えてくると、オプション絡みのデルタ操作が直物市場に与えるインパクトも無視できなくなってくるのです。よって、巨大ピンが観測されるエリアでの、デルタヘッジの向きや金額をウォッチすることは、直物市場の先行きを予測する上で極めて重要と言えるでしょう。

尚、先週から今週にかけてのderibitのフロントエンド・オプション(9月末までに行使期日を迎えるオプション)の建玉変化を確認すると、11000ドル(前週比+857BTC)や、12000ドル(前週比+760BTC)の建玉が大きく増加していることが分かります(添付グラフご参照)。世界的な利下げドミノや、米中貿易摩擦の激化が、中国や新興国からの資金流入期待を想起させる形で、オプション勢によるトップサイド・コールの買いを誘発したと予測されます。既にストライクレートを上抜けたコールオプション(例えば11000ドルコールなど)は、オプション保有者によるデルタロングの利食いを通じて、現在はポジション形状がプットの裸ロングに化けている公算が大きく(裸コールを全額デルタヘッジすれば、ポジション形状は裸プットになる為)、11000ドルや10000ドルのような巨大ピンが観測されるエリアでは、同水準がサポートとして機能する可能性が高いと考えられます(相場が下がるとプットオプションから出てくるデルタショートの買い戻しが見込める為)。尚、ここからの注目ポイントは主に2つあります。1つ目は13000ドルや、14000ドルなど、トップサイド・コールの建玉が増加するか否か。建玉増加の動きが見られれば、先週から今週にかけての動きと同様、オプションの引き受け手となるマーケットメイカー(MM)による約定時点でのデルタヘッジの買いが、BTC相場を押し上げる効果が期待されます。2つ目は、もともと10000ドルや11000ドルのコールオプションを保有していた個人投資家が、デルタヘッジを行った上で、これらをプットオプションとして売却し直す動きが広がるか否か。この場合も、個人投資家によるプットの売りを引き受けるMMのデルタヘッジが直物買い方向となりますので、相場を下支えする効果が期待されます。




さて、ここからは、ボラティリティについて触れておきたいと思います。

■HVとIVについて
ボラティリティには、一般的に「ヒストリカル・ボラティリティ(HV)」と、「インプライド・ボラティリティ(IV)」の2種類があり、前者は「対象原資産(例えばBTC/USD)が過去一定期間にどれくらいの値幅で動いたかを%表記で年率換算したもの」となります。HVが教えてくれる事はあくまで「過去の結果」に過ぎませんので、オプションディーラーとしての実務上での利用価値は殆どありません。せいぜい、異なるプロダクトの過去の値動きを比較する際に用いられる程度です。重要なのは、後者のIVです。IVは予想変動率と表現されることが多く、市場参加者の思惑が含まれたボラティリティとなります。IVを用いることで、BTCの将来の予想レンジを推測することも可能です。ここでは、米LedgerX社が公表する期間30日間のIVを用いて、実際に市場参加者が予想する向こう30日間の予想レンジを計算してみましょう。

■IVを用いた予想レンジの考え方
前提条件は、30日間のIV(92.53%)、スポット価格(11899ドル)。

手順①
上記のIV=92.53%は年率表記なので、この値を√(365days÷30days)で割ります。
√365÷30=√12.1666=3.488075なので、92.53%÷3.488075=26.528%となります。

手順②
現在のスポット価格11899ドルに上記で算出した26.528%を掛けます。
11899×26.528%=3156ドル(←予想値幅の片道)

手順③
現在のスポット価格に上記②の答えを加減算して予想レンジを作ります。
11899+3156=15055ドル(上限予想レンジ)
11899-3156=8743ドル(下限予想レンジ)

結果として、IVが織り込む向こう30日間の予想レンジは、8743ドル~15055ドルとなります。ボラティリティが高いので、予想レンジも驚くほどワイドになっていることが確認できます。

因みに、今回は30日間のボラティリティを使って、今後30日間の予想レンジを作ることが目的でしたので、上記の手順①において、ルートの中の計算を365days÷30daysとしましたが、30日間のボラティリティを用いて向こう1日の予想値幅を計算したい場合は、ルートの中の計算を365days÷1dayとすれば良いですし、向こう7日間の予想値幅を計算したい場合は、365days÷7daysとすれば計算可能です。是非色々試して計算してみて下さい。

■ATMデルタニュートラル・ストラドルを用いた予想レンジの考え方

実はもう一つ、オプションディーラーが予想レンジを推測する上で参考にしているものがあります。それは、「アット・ザ・マネー(ATM)デルタニュートラル・ストラドル」のプレミアム合計値です。どちらかというと、オプションディーラーはこちらを参考にする事の方が多いように感じます(既存の為替インターバンクオプション市場では、ATMデルタニュートラル・ストラドルが基本的な取引形態となる為)。「ATMデルタニュートラル・ストラドル」は50deltaの同一行使価格、同一行使期日のコールとプットを同時に買う(or売る)取引であり、損益分岐点はコールとプットのオプション価格の合計値となります。先ほどの例(30日間のIV=92.53%、スポット価格=11899ドル)を使って、私の手元プライシングシートで30daysのATMデルタニュートラル・ストラドルを計算すると、Callオプションの価格、Putオプションの価格は共に1255.58USDとなります。損益分岐点は両社の合算プレミアムとなりますので、2511.16USD。即ち、ATMデルタニュートラル・ストラドルで計算した向こう30日間の予想レンジは、9388ドル~14410ドルとなり、IVから逆算した8743ドル~15055ドルよりも内側に入ります。

■もう一つのボラティリティについて
ここまで、HVやIVの話をしてきましたが、実はオプションディーラーの世界では、これらとは別に「アクチュアル・ボラティリティ」と呼ばれる概念もあります(※呼び方は各金融機関によってバラバラかもしれません)。HVもIVも毎日の終値をベースに計算することが一般的ですが、オプションディーラーは1日に1回、終値の時点のみデルタヘッジをしているわけではありません。日中も常に売買をしているわけです。従って、我々オプションディーラーが知りたいのは、日中にどれくらいの値幅で何往復デルタヘッジをすればタイムディケイ(コスト)を回収できるのか?といった具体的な数字です。それを教えてくれるのがアクチュアル・ボラティリティとなります。アクチュアル・ボラティリティを理解できれば、BTCUSDの5days ATMを買った場合に、「今後5日間、①何pipsで、②何往復、デルタ売買を繰り返せば、コストを回収できる」といった事が明確となります。自分が「そんなにデルタの売買を繰り返せない!」と感じるのであれば、そのオプションを売ればいいですし、「出来る!」と思うのであれば、そのオプションを買えばいいのです。これについてはまた別の機会に詳しく説明させて頂きます。

SF

赤色メガバンクの市場部門出身。英国ロンドンでチーフFXオプションディーラー → 東京本部でFXマーケットアナリスト → FinTechベンチャーで取締役チーフアナリスト → FXcoinでPM(現職)。為替一筋17年。G10通貨・新興国通貨・仮想通貨まで幅広くカバー。日本経済新聞社やテレビ東京などマスメディアへの寄稿・出演実績多数。Twitter:https://twitter.com/HelloDerivative

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